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涼口ハルオの筋肉 1-3

 
 あの事件から二週間が経った。
 
 あれから俺はずっとハルオの部活作りに協力していて、面倒な申請も何とかあらかた終わらせて、
 後は肝心の部室と部員三人さえ確保できればすぐにでも部活動を始められる、という所まで来ていた。
 まあ協力といってもハルオ自身は殆ど、というか何一つ仕事をやってはいなかったのだが、それはそれ。
 とりあえずここで俺の仕事は終わりという訳で、後は部室と部員なのであるが。。。
 
 「そいつは俺が探すんだぜ!!任せておくなんだぜ!!」
 
 と息巻いていたハルオはそんな約束どこ吹く風で、毎日にちのように日がな一日舞台をキメるだけだった。
 おいおい、元はといえばお前が部を作るとか言い出したんだぞ?なのに働いたのは俺だけか?
 ていうかなんで俺は手伝ってるんだ?
 まあそんな訳で、二週間経った今でも部活動を始めることができないのである。
 
 
 
 そんなある日の事だ、膠着した事態がいきなり、本当にいきなり進んだのは。
 
 
 
 
 
 
 「そういやキョン、今日はゆっくり飯食ってて大丈夫なのか?」
 
 それはとある日の昼休み。
 既にいつものメンツとなった谷口こと白石、それとエキストラその1の二人と一緒に、優雅な昼食と言う名のひとときを楽しんでいる時の事だった。
 難の前振りもなく、いきなり白石がそんな事を言ってきたのである。
 
 「おい白石、そりゃあどういう意味だ?」
 「いやさ、ここ最近毎日のように忙しく歩き回ってたみたいだからさ、今日は大丈夫なのか?ってことだよ」
 「忙しく?…ああ、そりゃ昨日終わったよ」
 「そうか。しっかし、随分走り回ってたみたいだが、一体何やってたんだ?まさかハルオとナニとかじゃあねえだろうなぁ」
 
 と、ニヤニヤしながら橋で俺のをつついてくる白石。全く、お前の脳には『あの事』しかないのかね?
 俺は息子でそれを横に払いながら小さくため息をつく。
 
 「冗談言えよ。ナニする所か、まだナニに触ったことすらねぇよ。俺は」
 「ふーん。ま、死なない程度に頑張れよ」
 
 言いながら白石は俺の方に軽く手を乗せた。おいおい、不吉な事言うんじゃないっつーの。
 まあ何が死ぬ行為なのかは言うまでも無いが、ここ最近俺は『あの』ハルオに近付いているのだから、友人の心配も頷けない訳でも無い。
 だがしかし、その『死ぬ行為』自体が発生する気配も無い現在、俺の身の保証は確立されるのだが、
 同時に少しだけ寂しい気がするのは、やはり雄としての本能なのだろうか。
 
 
 とまあ、俺はこの日、約二週間ぶりに平穏無事な昼食時間を堪能していた訳なのだが、こんな俺の些細な幸せを決まって破壊しに来る人間が存在する。
 無論言うまでもなく、涼口ハルオである。
 
 
 ガラララララ!!
 
 「キョン君はいるかの曲芸!!」
 
 (BGMストップ)
 
 勢い良く開かれる引き戸の音、それに続いて雄臭ぇ胴間声。
 いきなりの事に一斉に振り返る教室中、その視線の海の中に俺を見つけたようで、
 声の主、涼口ハルオはずしんずしんと真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
 ハルオが動けば教室中の視線がそれを追う。
 やがてその視線達は俺とハルオを交差して結ぶものとなっていた。
 呆然とただそれを見つめる俺。その目の前に立ってから、ハルオは極上の雄スマイルを浮かべながら、俺の胸ぐらを掴み上げる。
 そうして剥離していた意識が咄嗟に戻った頃には、既にハルオは俺の胸ぐらのボタンがはちきれんばかりに両手を振り乱し、威勢よく叫んでいたのだった。
 
 「見つかったんだぜっ、部室!!!」
 
 
 
 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
 
 
 嗚呼。
 この時どうして俺はついていったのだろうか。
 もしもついていかなかったのならば、現在の俺を取り巻く状況その全てが変わっていたであろう事なのに、だ。
 もっとも、人間に未来を見据える能力などが備わっている訳も無く、ましてや過去に戻れる訳でもない。
 過去の自分に叱咤罵倒した所で現在が変わるわけでもないし、そもそも過去の自分に話しかけることすら不可能だ、それができたら苦労はしない。
 もしこの地球上に宇宙人や未来人や、はたまた超能力者が居たとしたなら、もしかしたら彼らならば可能なのかもしれない。
 だが極々普通の普遍的日常的一般的な男子高校生であるこの俺にとっては、全くと言うほど無意味な仮定である。
 かくして俺は、未来の自分を知る術を持たず、ハルオの言うままに部室棟の一角である古ぼけた鉄製のドア前まで
 ホイホイついて来てしまったという訳なノダ。
 
 「ここなんだぜっ!!」
 
 バンッと目の前にある重厚な、鉄製の、軽く錆の浮いたドアを叩くハルオ。
 
 「ここ、って…。おいハルオ」
 「なんだぜ?」
 「えーっと…あの、ドア脇のプレート…」
 
 言いながらプレートを指さす俺。
 日に焼けて淡黄色になったプラスチックの板―――に、貼り付けてある、これまた年季の入った古ぼけた紙には、達筆な字で力強く、
 
 ――――――――――――
  乳 輪 大 納 言  部
 ――――――――――――
 
 と書かれている。
 
 「……ここで合ってるのか?」
 「合ってるんだぜ!!」
 
 即座に、1mmの迷いも無く、自信たっぷりに言い放つハルオ。
 
 「………どんな部活なんだ?」
 「見れば分かるんだぜ!!」
 
 言いながらドアノブに手を掛けるハルオ。
 
 と―――さながら岩のような拳がドアの取っ手を捻り潰す瞬間、何か嫌な予感が俺の脳裏をよぎる。
 慌ててハルオを精子せんと声を張り上げる俺だったが…
 
 「ちょ、まっ!!」
 「ほいやさぁあああああああ!!」
 
 ゴバーーーン!!!
 
 悲しいかな、俺の声がハルオの耳に届く前に、既にその鉄の扉は開け放たれてしまっていたのだ。
 凄まじい風圧で一瞬息が止まる、が、それに文句を付ける余裕はその時の俺には存在しなかった。
 何故ならば、その時の俺の網膜にはしっかりと扉の中の『それ』が焼き付いていたからである。
 
 
 
 「―――Oh、ホットガイ………」
 
 
 
 僅か一秒にも満たない、しかし俺によっては数分にすら感じる時間の停滞。
 まるでテレビの砂嵐のようなノイズが脳をごりごりと圧す感覚に流されながら、ようやくその言葉だけを口にすることができたのだ。
 
 見渡す限り人の山、いや、雄の山と云うべきか。
 部屋は僅か八畳ばかりの空間であった。
 部屋の隅には本棚があり、そして奥には大きな出窓がある。極々普通の原作通りな部室である。
 しかしてその中心には紛れも無く文字通り、雄の山が鎮座していた。
 20人、いやもっとか?とにかく大勢のガチムチ色黒六尺兄貴達がオッス連呼で組体操(ピラミッド)をしているのである。
 屈強な肉体で作られたそのガチムチタワーは部室の日常的な風景に相まって、一種異様な現代美術作品の様を呈していた。
 呆然唖然、あまりのその雄っぷりに俺はただただ立ち尽くすばかりであった。
 そりゃあそうだろう。これだけの薔薇族が一同に集うなんて、そうそうお目にかかれる光景じゃあない。
 それこそかの有名な二丁目か、24会館、はたまた大磯ロングビーチなどといったステキ止まらないスポットでしか見れないであろうそれが、
 こういったただの部室内に存在しているのだから、驚くより他はない。
 と、そんな風に立ちすくむ俺の横をハルオは悠然と通り過ぎ、何くわぬ顔で目の前の扉をくぐると、
 
 「よう!来たんだぜ!」
 
 とその何だか良くわからない肉塔にいつもの調子で話しかけた。
 おいおいハルオ、なんの説明も無く話を進めるってのはちょっと酷いんじゃないか?
 と、ようやく肉達がハルオに気が付いたようで、全員が一斉にハルオの方を向いて、
 
 ΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩ<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< おお!ハルオ兄貴のお帰りだッッ!!!
 
 全員がまるで一個の個体のように、完全な同タイミングで叫ぶ。
 一人ひとりがこんなホットガイである、普段の声ですらかなり大きい胴間声なのだろう。
 そんなのが複数集まって同時に発声したのだから、こちらとしては溜まったもんじゃあ無い。
 さながらリオレウスの羽ばたきのような音圧に部屋が大きく揺れ動くが、ハルオはそんなこともお構いなしに平然として続ける。
 
 「じゃあ約束通り、今日からこの部室を使わせてもらうんだぜ!!」
 
 ΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩ<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<< どうぞッス!!!!!!
 
 まだビリビリとした音圧が体を波打つが、やはりハルオは全く動じていない。
 と、ハルオがいきなりこちらを振り向いて、グッと親指を立てながら、雄臭く笑った。
 
 「これで部室、ゲットなんだぜ!!」
 
 
 
 
 
 
 なんとなく臆しながら、一歩部屋に足を踏み入れると、そこには濃厚な雄のスメルが立ち込めていた。
 軽く見回すとどうやらそれは部屋の壁やら床やら至るところから発せられているらしく、
 なるほど、確かにこれならハルオの言っていた『薔薇族を呼び込むクラブ』の部室には持って来いかも知れない。
 更には、それ以外の所は某憂鬱ラノベの部室と同じなので、どうやら居住空間的な問題も無さそうだ。
 ここまでは良い、寧ろ素晴らしい部室と言えよう。
 しかし、一つだけ、それでいて最も突っ込みたい部分がこの部屋には存在していた。
 それは、つまり―――
 
 「―――なあハルオ、そろそろ聞いても良いか?」
 
 と、既に部屋の中央にあるテーブルの上で舞台キメ始めているハルオに俺は言った。
 
 「え?何だぜ?」
 
 いきなりの言葉に驚いたのか、キョトンとした顔で―――しかし手は休めずに―――聞き返すハルオ。
 
 「あー………『これ』って、何だ?」
 
 言いながら俺は、今ハルオの足元で舞台となっている、部屋の中央の大きなテーブル―――
 ―――を象ったガチムチ色黒六尺兄貴達を指さした。
 ちなみに……彼らは俺らが部屋の入口を開けた際、部室中央でピラミッド型の組体操をしていた筋肉達である。
 ハルオが部屋に入ってすぐにテーブルやらイスやらの形に『変化』した為、こうしてハルオは舞台として使うことが出来たのである。
 何というか、いわゆる聖マッスル的な感じで、健康的な一男子高校生にとっては目のやり場に困るのだが……。
 と、ハルオは何の邪気も無い笑顔を浮かべながら言った。
 
 「ああ、こいつらは長門組なんだぜ!!」
 「長門組?」
 「何だか良く分かんないけど以前この部室使ってた奴ららしいんだぜ!!まあ部屋に備え付けのオブジェみたいなもんとして扱えば良いんだぜ!!」
 「いや、オブジェってアンタ……」
 「まあとりあえず気にしない方向で行けば良いんだぜ!!」
 
 そう言ったきり、ハルオはまた大連呼雄舞台へと戻ってしまった。
 おいおいハルオ、殆ど情報が増えてないと思うのは俺だけか?
 しかしなるほど、確かに極々一般的な男子生徒からすれば少々目のやり場に困る刺激的な光景であるが、冷静に考えれば非常に嬉しい状況である事は
 認めざるを得まい。
 それ故に、ハルオの作ろうとしている『薔薇族達を集める部活』には持って来いのオブジェかもしれない。
 ……もう既に目的果たしてるんじゃね?という話は置いといて……。
 
 「ああ、それとキョン」
 「ん?」
 
 と、いきなりこちらを向いて―――やはり右手は止めずに―――話しかけてくるハルオ。
 
 「こいつら全員で一つの個体だから、一体持ち帰りとかは出来ないなんだぜ。気をつけろなんだぜ」
 「いや、一つの個体ってお前」
 
 何というか、鰯の群生というか、スイミーというか、…益々謎が深まるばかりである。
 
 
 
 
 こうしてハルオの部活はほぼ完了した。
 果たしてこれから一体どうなってしまうのか、それは良く分からない。
 だがこの時俺は、六尺兄貴達の上で舞台キメるハルオを見つめながら、ある二つの、確信にも似た予感を覚えていた。
 一つ目は、これからの学校生活は退屈しそうには無い、と言うこと。
 そして二つ目は、そいつがろくでもない予感だという事だ。
 
 
 第一話 完
 
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