戻る

雄山

男の額にべっとりと脂汗が滲む。

山岡―――

お前は、本気で言っているのか?

本気で、あの雄山に、それを食わせようと―――

「貴様、儂に、これを食えと言うのか」

白髪混じりの髪をした威圧感の有るその男は、ゆっくりと言った。

「あぁ、騙されたと思って」

いっぺん食ってみな。
山岡は にぃ と嫌な笑みを浮かべながら、そう言い放った。

男の背筋に、冷たいものが伝う。

山岡、お前は何を、何を考えているのだ。
相手はあの、海原雄山なのだぞ―――

雄山は目を細めた。
くだらん―――

雄山は自分の鰹が入った小皿に、無造作にマヨネーズを放り込んだ。実にくだらん―――

そして、鰹の刺身を一囓り。


瞬間、雄山は目をかっ、と開く。

けぇぇぇぁぁぁぁああ

雄山は、腹から怪鳥のごとき砲叩を絞り出す。
山岡は満足そうにあの嫌な笑みを浮かべる。

どうですかぃ―――

雄山は肩をわなわなと震わせる。

「―――旨い」

馬鹿な。
そんな。
鰹の刺身にマヨネーズで。
旨い、などと―――

男の頭の中をぐるぐると取り留めの無い思考が渦巻く。

「副部長」

あひゃ。

「―――副部長も、食ってみては」

どうですかぃ―――

にぃ。


俺が。
これを、食えと。
俺が―――


「―――分かった、食ってみる」

言った。

言ってしまった。

もう、後には引けない。

男はゆっくりと、戸惑う様に小皿にマヨネーズを入れる。
そう、先程の雄山の様に。

鰹にちょん、とマヨネーズを付けて、囓る。

あひゃららららららら。

男の体の奥底から感情が溢れる。
溢れた感情が決壊して目尻から熱いものが込み上げてくる。

嗚呼―――
旨い―――

理性がぷつりと音を立てて切れた。
次々と鰹の刺身を口中に放り込む、最早男に外聞というものは存在しなかった。
そして男は狂った様に叫んだ。

「あひぃぃぃぃぃいい、これは旨いよぉぉぉぉおお」

たまらぬ富井であった


 
戻る