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雄山


「―――二人はプリキュア、というのを知ってるかぃ」

襟が垢で汚れたシャツを着た男は、唐突に話し始めた。
二人はプリキュア?―――

「いいや、どういう物だ?」

そんな物俺は知らなかった。

「まずな、二人、居るのさ」
「二人?」
「ああ、二人だ」

二人―――
一体何を言い出すかと思えば。
そんなもの、さして重要な事では無い筈―――

「そうか、それでその二人がどうかしたのか?」

男は にぃ と笑みを浮かべる。

「その二人はなぁ」


プリティなのさ―――


瞬間、俺の体の熱が高まるのを感じる。

プリティ―――
プリティだと?―――

「そんな、そんな物が」

俺の声は、知らずの内に、震えていた。

「有る訳ねぇ、て言いたいのかぃ?」

にぃ。

男は又、あの嫌な笑みを浮かべる。

「だがな、プリティなのさ、二人は」

俺は自分の口中に血の味を感じた、恐らく知らずの内に口中の肉を噛みちぎっていたのだろう。

「―――一つ聞きたい」
「何だい?」
「プリティ、とは?―――」

俺は呟く様に言った。

「プリティってのはなぁ」

くいっ 男は水割りを傾ける。

可愛いって事さ―――

可愛い―――
可愛いだと?

「―――そうか、可愛いのか」
「そうさ、可愛いのさ、二人はな」

俺は心中でほっ、と胸を撫で下ろした。

「だがなぁ、可愛いのだけじゃ」

無いんだぜぇ―――

にぃ 男は下卑た笑みを浮かべる。


ざわり。


毛が逆立つような感覚が俺を襲う。

なんだと?

「まだ、何か有るのか」
「ああ、有るのさ」

心臓がばくばくと鳴り出す。

糞っ。

落ち着けっ。

「二人はなぁ」

からん、と氷が溶ける音が聞こえる。
数秒の静寂、そして―――

「キュアキュア、なのさ―――」




「じゃあな」

男はそう言って、闇の中へ消えていった。

やはり。
二人は、プリティで。
キュアキュアだったか―――

目尻が熱くなるのを感じる。

プリキュア。
プリキュア。
プリティで。
キュアキュア。


幼い頃、お袋が枕元で歌ってくれた優しい歌声を思い出していた。

プリキュア。
プリキュア。
二人は。

「プリキュア―――」

ぼそり と呟く。

お袋の歌声が、頭の中に響く。
いつまでも、いつまでも―――




 
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