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面接

 ひんやりとしたコンクリートの四角い部屋。
 
 その隅に綺麗に磨かれた横幅一メートル程の、木製の机がある。
 
 女はその無機質的な部屋の机に手を組んで、パイプ椅子に座っていた。
 
 すらり、とした、エキゾチックなスーツ姿の女である。
 
 女は机に置かれた書類に目を通す。
 
 関根 勉。 二十歳。
 
 書類には乱雑とした文字でそう書かれている。
 
 資格 無し。
 
 趣味 読書。
 
 女は次々に項目を読んでいく。
 
 そしてある項目で視線を止めた。
 
 特技 イオナズン。
 
 
 ぞわり。
 
 
 毛が逆立つような感覚。
 
 これは―――?
  
 「入りなさい」
 
 女は手を組み直しながら、そう言い放つ。
 
 「失礼します」
 
 きい、と扉が開かれ、男はゆっくりと姿を現す。
 
 背丈は女より多少大きい。
 
 オールバックでスーツ姿の、薄ら笑いを浮かべた男であった。
 
 女は組んだ足に手を置く。
 
 「そこに座りなさい」
 
 女は、自分の正面にある椅子を指さす。
 
 男はおもむろにその椅子に座った。
 
 「関根さん、かしら」
 
 「はい」
 
 女は軽く書類を見る。
 
 特技 イオナズン。
 
 どういう意味だ。
 
 何の意味があるのだ。
 
 何をこれで、表現しようというのか―――
 
 女は男の目を見る。
 
 「特技にイオナズン、とあるけれど」
 
 「ええ、イオナズンです」
 
 男は表情を崩さずに言う。
 
 
 とん、とん。
 
 
 ペンが机を叩く音。
 
 「イオナズン、とは?」
 
 「魔法です」
 
 女の頬に冷や汗が伝う。
 
 魔法。
 
 魔法、と言ったのか?
 
 この科学社会で魔法―――
 
 「失礼だけど―――空想癖をお持ちで?」
 
 「いえ」
 
 女は足を組み直す、男はぴくりとも動かない。
 
 「―――その、イオナズンがウチで働く際、何のメリットが有るとお考え?」
 
 男の頬が軽く持ち上がる。
 
 「もし、敵が襲ってきても倒せます」
 
 ペンの音が止まる。
 
 
 数秒の間。
 
 
 女の頬が吊り上がる。
 
 「そう言う事」
 
 「ええ、『ここ』にはそういう人が色々と必要ですよね」
 
 確かに、ね。
 
 『ここ』にはそういう人が必要ね。
 
 でも―――
 
 「残念だけど、『ここ』の事情を知っている人を」
 
 ぱちん、と女が指を鳴らす。
 
 扉が勢い良く開き、黒服の男達が現れる。
 
 「帰す訳にはいかないわ」
 
 
 にぃ。
 
 
 男はさも楽しそうに頬を吊り上がらせる。
 
 「怒らせても良いんですか?」
 
 使いますよ、イオナズン。
 
 女は嘲笑を浮かべる。
 
 「良いわ、使ってみなさい」
 
 では、と男は立ち上がる。
 
 そして、数秒の間。
 
 
 にぃ。
 
 
 男の頬が醜く歪む。
 
 「残念、MPが足りないようです」
 
 「そう」
 
 女は再び指を鳴らす。
 
 黒服の一人がスーツの内ポケットに手を伸ばす。
 
 そして黒光りする鉄塊を取り出す。
 
 
 かちん。
 
 
 黒服の指が動き、部屋に小気味の良い音が響く。
 
 「さよなら、関根君」
 
 黒服はゆっくりと指を動かす。
 
 
 その時。
 
 突然。男の身体が光を発しだした。
 
 
 なんだ。
 
 これは。
 
 
 そして―――
 
 
 めき。
 
 めきり。
 
 
 枯れ木を踏み折るような音と共に、男の身体がみるみる変貌していく。
 
 「あきゃあああああああああああああああ」
 
 黒服達は腹から怪鳥の様な砲叩を搾り出す。
 
 男はこれ以上できないと言うほど頬を吊り上がらせ、上着をちぎり取る。
 
 上着の中からはボディビルダーの様な見事な肉体が、宇宙ヤバ。
 
 
 あっ、かっ、ひぅ。
 
 
 黒服達は皆、畏怖の表情で後退りする。
 
 中には座り込み失禁する者も居た。
 
 女の身体の中で熱が高まるのを感じる。
 
 なんだ。
 
 今私の目の前で、何が起きている?
 
 その光景は女の思考能力で処理できる物では無かった。
 
 男は黒服の一人の方を向く。
 
 「駄目だよ、面接は皆公平に受けるべき物だから」
 
 と言うと、黒服の持っている拳銃を毟り取り、右手で握り潰した。
 
 そしてそのまま黒服の頭を、まるでボールを掴むように、鷲掴みにする。
 
 「さぁ、お仕置きの時間だ」
 
 
 
 
 
 数分後。
 
 その部屋で動く者は、男が来た時の様に、薄ら笑いの本人と、パイプ椅子に足を組んで座る女だけだった。
 
 黒服達は皆、首が異常な方向に曲がっていて、奇妙な部屋のオブジェと化していた。
 
 武装した10人を一人で―――
 
 「化け物、ね」
 
 女は掠れた声で呟く。
 
 男は女の方を見る。
 
 心臓が早鐘の様に鳴り出す。
 
 男はゆっくりと女に近づいていく。
 
 女は全てを諦めた。
 
 ―――そして、女の前に人差し指を突き出した。
 
 「面接は平等に」
 
 それだけ言うと男は、ゆっくりとベコベコな扉に近づく。
 
 
 きぃぃ。
 
 
 凸凹のできた扉が嫌な音を立てて開く。
 
 そして女の方をちらりとも見ずに扉の外へと姿を消した。
 
 
 
 関根 勉。
 
 彼が後の武蔵である。
 
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