戻る

涼口ハルオの筋肉 2-1

 
 
 「newヒロイン登場なんだぜっっ!!」
 
 と威勢よく叫びながら鉄の扉を開け放ち、目を白黒させた見知らぬガチムチ色白ソリ入れスポーツ刈り兄貴を喧嘩神輿に乗せて元気よく登場したのは、
 言うまでも無くハルオと長門組の面々である。
 例の分厚い鉄扉をくぐって、馬鹿に大きい神輿を部室の隅に置くと、長門組はハルオに向けて威勢良く敬礼し、
 そのまま定位置(部屋中央のテーブルやイス)に移動、変化し、それを見ながらハルオは満足気に頷いた。
 ここまで十秒にも満たない早業である。
 その間俺はと言うと余りの突拍子も無い出来事に脳の処理が追い付かず、あんぐりと口を開けたまま、ただそれを見つめる事しか出来なかった。
 やがて数秒の時が過ぎ、閉じていた脳が徐々に開き始め、それとは反比例して開いた口が閉じ始め、俺はようやく第一声を口にすることが出来たのである。
 
 「―――で、ハルオ…これは一体、どういう騒ぎだ?」
 
 
 
 ◆ ◆ ◆ ◆
 
 
 部室が出来てから二日が経過した。
 が、まだ新規部活作成の申請は出していない。
 理由は単純明白、つまりはまだ、ハルオがクラブ名を考えていないのである。
 せっかくの俺の苦労も虚しく、またしてもハルオが原因で部活作りは最期の段階で滞っていた。
 何故適当にでも部活名を決めないのか、このままでは何時まで経っても部活動なんて出来やしないぞ、と何度か急かしてみたものの、
 返ってくる言葉はいつも、
 
 「ヴォォォォォォォォォ!!!!スッゲェーーー!!」
 
 とこうである、全くラチがあかない。
 まあ俺がハルオの盛り合っている真っ最中に話しかけるのも原因の一端とは言えようが……。
 というかハルオが学校に居る時は四六時中誰かと盛り合っていたり舞台キメているので、言葉を挟む暇が全く無いのである。
 なあハルオ、お前のその無尽蔵の性欲は一体どこから湧いてくるんだ?
 っていうか、なんかもう部活とか作る必要無いんじゃないか?
 …とにかく、部活が出来ないことにはここまでやった俺の努力は水泡と化してしまうというのに、
 肝心のハルオは全く動く様子を見せず、そのため未だ部活は申請できずじまいという訳なノダ。
 
 で、俺はというとその間、まあ部活作りも一段落したことだし、ていうかそもそもやること無いし、
 ここは一つ新しく出来たハルオ部(仮名)の部室ででも暇を潰そう、という事にしたのである。
 幸いハルオ達はここ二日というもの、放課後になるなりどこかへ消えて行くので、部室は大変に静かである。
 ハルオが長門組を引き連れて何をしにどこに行っているのかは分からないが、そんな事はあまり問題では無い。
 結果、俺は暫くぶりの平穏無事な日常と、偶然部室内に置いてあった『薔薇族』のバックナンバーをじっくりと
 読み漁る時間が確保されたというわけで、ハルオ達が毎日どこかに行っているというのは気にはなるが、
 それ以上の僥倖に手放しで喜んでいた俺であったのだが―――。
 
 ―――その矢先にこの騒動である。
 下の根も乾かぬうちにとはこの事か、俺のアンニュイでサイエンスでインテリジェンスな午後の読書タイムは、
 あっという間に露と消えてしまったのであった。
 まあそれも仕方ないのかもしれない、なにせ相手はあの『ハルオ』なのだから。そして、そいつに関わってしまったのだから。
 今更平穏に過ごそうという思考が既に間違っているのかもしれない。
 …なんだか言ってて悲しくなってきたが、それは置いておこう。
 
 で、それよりも問題は『彼』であろう。
 部室内に運ばれた神輿の上には、まるでプロの格闘家、あるいは競馬のジョッキーのように鍛えられたガチムチ野郎が、
 なにやら事態を把握できずにおろおろしている。
 無論こんな奴は知らない、全くの初見である。
 
 「Newヒロイン登場なんだぜ!!」
 
 と俺の質問に、棟を張って大胸筋を誇示しながら、冒頭と全く同じ言葉を吐くハルオ。
 
 「いやお前、newヒロイン言われても良く分からんのだが……この人一体誰なんだよ」
 
 俺がそう聞くと、ハルオはまってましたと言わんばかりにエエ笑顔で大胸筋を誇示しながら、大声で話し出す。
 
 「いやぁ!前々からいい男だと思ってチェックしてたなんだぜ!!確かニ年へ組の朝比奈ミルコとか言った筈なんだぜ!!
  やっぱりさ、こういうのには広告塔的ないい男を用意しておかないと、とか思ったなんだぜ!!」
  
 と、興奮してまくし立てながら股間の広告塔を振り乱すハルオ。
 お前自身が居れば別に広告塔なんて必要無さすぎるくらい目立つだろうに、という心の声は置いといて。
 
 「へぇ…」
 
 朝比奈ミルコ、か…。
 落ち着いてよく見てみると、確かにハルオが言うように、たまんねぇいい男である事には間違いなかった。
 うっすらと載った脂肪の下に内包された、樫のようなしなやかさの筋肉。
 身長は大体185…いやもっとか?全体的なフォルムは前述の通り、さながらK1やPRIDEのプロ格闘家の様だ。
 今は驚いたように目を見開いてはいるが、言うなれば全盛期のシュワルツネッガーの様に男性的で大変好感の持てる顔立ちである。
 …つーか、こいつ日本人なのか?
 
 「お、おいおい、お前ら何を言ってるんだ…?
  というか、ここは一体どこなんだ?なんで俺はここに居るんだ?(CV:玄田哲章)」
 
 おお日本語だ、一応日本人だったのかこの人。
 俺の品定めするような視線にようやく正気を取り戻したのか、朝比奈さんとやらは流暢な日本語で矢継ぎ早に質問を投げかける。
 その問いをハルオは、
 
 「ようこそ!!俺の部活へ!!」
 
 と良い笑顔で握手を求めながらガン無視した。
 思わずぽかんとほおける朝比奈さん、その手をハルオは強引に握り、一しきりぶんぶん振り回すと、
 歯をむき出しにして豪快に笑みを浮かべる。
 
 「これで俺とアンタはブラザーなんだぜ!!気軽にハルオと呼んでくれなんだぜ!!」
 
 そのまま手を離し、これまた豪快に笑いながらのっしのっしと長門組の方へ歩いて行くハルオ。
 恐らくは連れてこられた時よりも唐突な衝撃に、朝比奈見る子は数秒間呆けたままであった。
 しかしてハルオが長門組と盛り合い始めた頃に、ようやく意識を取り戻したのか、朝比奈さんはやや小さな声で呟いた。
 
 「お、…おいおい、何だいあの男は。頭がイッちまってるんじゃあないのか?」
 
 何だか憔悴した顔でハルオを見つめる朝比奈さん。
 無理もない、恐らくは真っ当な学園生活や格闘家生活をしていた彼にとって、
 涼口ハルオというキャラクターはあまりに強烈すぎるというものである。
 俺は何だか朝比奈さんが無性に可哀想に思えてきた。
 というのも、俺には朝比奈さんの今の表情が、入学当初の自己紹介時、まだ薔薇族の存在すら信じていない時分に
 ハルオの凄まじい洗礼を受けた俺の表情と、妙に重ね合わさったからである。
 そんな気持ちもあって、俺は朝比奈さんにいつの間にか助け舟を出そうと話しかけていた。
 
 「あー、あの、朝比奈ミルコさん…でしたっけ?」
 「ん?ああ、そうだが…君は?」
 
 と、少しだけ時分を取り戻したのか、しかし未だに弱々しくこちらを振り向く朝比奈さん。
 
 「えーっと、俺はキョンっていいます。であいつは涼口ハルオっていうんですけども……
  朝比奈さん悪いことは言いません、今直ぐここから逃げた方が良いですよ」
  
 と、俺の口からハルオの名前が出た瞬間、朝比奈さんはぴくりと反応し、やおらハルオへと視線をやる。
 
 「…涼口…ハルオ……?あいつがそうなのか…?」
 「ええそうです。どうやらご存知のようですね、そのハルオです。
  朝比奈さんがここに居たら何されるか、ていうか多分ナニですが、とにかく早く逃げないと危険です。今なら間に合います」
 
 気が付いたら何故か敬語になっているが、それはご愛嬌。
 なにせこの男、どう見ても俺より20やそこらは年が離れているようにしか思えない顔立ちや立ち振舞で、
 なんだか…敬語じゃないと失礼に当たるような気がするというかなんというか…。
 
 と、気がつくと俺の説得を聞いているのかいないのか、朝比奈さんは先程とは打って変わって真剣な表情で盛り合い中のハルオを見つめていた。
 …えーっと、俺の話、聞いてます?
 
 「…あのー、朝比奈さん?」
 「ん?ああ、すまない、何の話だったかな」
 
 朝比奈さんはやはり聞いていなかったようで、少し慌ててこちらへ振り向く。
 
 「いえ、ですからね、このままじゃあ朝比奈さん本当にこの良くわからない珍妙なクラブに
  入れさせられてしまうって言ったんですよ!朝比奈さんだってそんなの嫌でしょう?」
 「…いや、別に構わないぜ。喜んで入部しよう」
 「でしょう?嫌でしょう?でしたら急いで逃げ………て………」
 
 ………え?
 
 「……あー、…あの、今なんて…?」
 「おいおいどうした、そんな驚いた顔して。俺は入部しよう、って言ったんだよ。
  俺がそんなこと言ってたら意外かい?(CV:玄田哲章)」
 
 ……いや、なんというか、それは無いだろ常考。
 と、朝比奈さんはおもむろに神輿から立ち上がると、そのまま腕組みをしてハルオを見つめながら、
 恐らくは俺に対してだろうが、まるで独り言のように話す朝比奈さん。
 
 「いやはや、いきなり教室に押し入ってきた時に怪しいとは思っていたが、
 やはり彼がこの学園一の筋肉の持ち主、涼口ハルオだったか。
 うん、見れば見るほど素晴らしく鍛えられた肉体だ……是非とも一度手合わせ願いたいね」
 
 なんと、彼も涼口ハルオに毒された人間の一人であったのか。
 それに手合わせしたい、とは随分とまた顔に似合わず大胆な、だがそこが良い。
 と、腕を組んだままちらりとこちらに目をやる朝比奈さん。
 
 「…誤解しないでくれ。言っておくが、俺はゲイじゃあないぞ。
  手合わせといっても純粋な格闘という意味で、だ」
  
 畜生、ノンケだったのかこの人。非常に遺憾である。
 しかし一体、ハルオの奴はナニを考えているんだ?相手がノンケでは盛り合うなど出来るはずが……
 ……いや、まあどちらにしても、ハルオにしちゃあ関係ないか。
 なにせ奴は日頃自分のことをノンケでも食っちまう人間だと公言しているし、恐らくそれは事実なのだろう。
 なるほど、確かにハルオにとっては例えノンケだとしても無理矢理食っちまえば問題は無いし、
 寧ろその方がハルオにとっては新鮮で嬉しいのかもしれない。
 ……あとはハルオから手ほどきを受けた痕で、俺がゆっくりとアプローチを掛ければ…。
 と―――そんな邪な企みに微塵も気付かずに、朝比奈さんは未だぶつぶつと何かを呟いている。
 
 「奴はまるで盛り合いだけの為に鍛えているような振る舞いだが、
 フルスピードの右ハイを見切れる俺の目は誤魔化せない。
 奴の筋肉は格闘家のそれだ、それもトップランカー級のな。
 ふっ、こんなの俺の人生計画に無かったんだがな、久しぶりに血が騒ぐよ…
 こんな事、マークとベルト掛けてやった喧嘩以来さ……」
 
 と不敵に笑みを浮かべながら両手を打ち合わせる朝比奈さん。
 いやいやちょっと、あいつの身体は正真正銘盛り合いの為だけにあるんだと思いますよ。
 などという不用意に挑発する様な言葉を俺が発するわけもなく、認識の訂正を促すその言葉は、
 ただ俺の心中で響くだけであった。
 
 「ところで…」
 
 と、ひとしきりハルオを褒め称えた後、おもむろにこちらを振り向く朝比奈さん。
 
 「なんですか?」
 「いや、ここは一体なにをする部なんだ?部活名もまだ聞いていないんだが…」
 
 言いながら朝比奈さんは、困った表情で軽く頬を掻く。
 確かにそういえばそうだ、朝比奈さんは10分ほど前に半拉致状態でここに連れてこられたばかりなのだ、知る由もない。
 …っていうか、部活名はまだ俺どころかハルオ自身も分からないのだが。
 
 「えー…朝比奈さん、まずこの部活はですね―――」
 
 「その問いには俺が答えるんだぜッッ!!」
 
 いきなり部室に響き渡る蛮声。思わず耳を塞ぐ俺と朝比奈さん。
 ――やがて落ち着いてから声のした方を見やると、いつから居たのか、仁王立ちのままMy仁王を勃たせた涼口ハルオの姿がそこにあった。
 
 「部室名、決まったんだぜ!!今!!」
 
 
次へ
戻る